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高校健康教育の続き。

健康教育をやった次の日、
今回の健康教育のフォローアップと
今後の健康教育について話し合うための会議が開かれました。

今回の健康教育についてはいくつか改善すべき点が挙げられましたが、
何より講師をやったラオ人がとても上手だったとの言葉をもらい、
ラオ人スタッフたちの励みになったと思うし、
私たちも健康教育を一緒にやった仲間としてとてもうれしくなりました。

今後の健康教育について話し合う中で、
今回の健康教育の内容と、ほかの健康教育の内容(手洗いなど)を併せて、
講師用の手引きみたいな冊子を作りたいという話が出て盛り上がりました。

私たち協力隊員が「やりたい!」と言って始めた健康教育。
それがラオ人の手に渡り、そこからまた発展していきそうな気配…。
どう展開していくかわかりませんが、これからが楽しみです。
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高校健康教育のつづき。


今回も妊婦体験してもらいました。結構盛り上がります。
健康教育11

こちら今回の教材。
健康教育12
前回の教材は私たち協力隊員がフェルトを使って作りました。
でも実はアッタプーではフェルトは売ってないのです。

今回は他の地域からもお客さんが来るということで、
アッタプーでもムリなく作れる範囲の教材を使おう

ということで、今回は紙に図を描いた教材を使用。

そして紙芝居。
話の内容は協力隊員が作成。
そして絵はワタクシChamuが描きました
どんな話かというと・・・

健康教育13
①ここに結婚したばかりの若い夫婦がいます。    
 夫はブンミー、妻はチャンパー。
 二人とも田植えをして暮らしています。


健康教育14
②妻のチャンパーは妊娠5か月。
 二人にとって初めての子供です。


健康教育15
③ある日ブンミーはどこかに出かけようとしています。
 でも家を出ようとしたその時・・・

紙芝居3
④いたたっ!突然チャンパーのお腹が痛み出しました。

紙芝居4
⑤さてブンミーは夫としてどんな言葉をかけたらいいでしょうか。
 みなさんがブンミーとチャンパーだったらどんな会話をしますか。

ここでグループに分かれてブンミーとチャンパーの会話を考えてもらいます。
健康教育16

そして発表。
健康教育19

生徒たちが考える会話は、
「オレが病院に連れてってやる」、「誰か呼んでくるから待ってろ」、「医者を連れてくるから」、
はたまた「オレは用事があるからお前一人で病院行ってこいよ」→「こんなに痛いのに一人で行けるわけないじゃない!」とか、いろいろです。
この会話には正解はありません(ここがラオ人にとってわかりにくいところ)。
でも妊婦さんを思いやるということが大切だよね、と話しつつ、

実はこの話には続きがあります、と紙芝居は続きます。

健康教育21       
⑥ブンミーはチャンパーを放って出かけてしまいました。  

健康教育22
⑦実はブンミーは遊び好き。
 友達と飲みに行ってしまったのです。


健康教育23       
⑦夜遅くにブンミーが帰ってくると、チャンパーのお腹の痛みはますますひどくなっていました。
 ブンミーは病院に行かなければと思いましたが、
 酔っ払っていたので明日の朝連れて行こうと思いました。


健康教育24
⑧でも朝起きたらチャンパーはすでに息絶えていました。
 原因は重労働をしたためにお腹の中で赤ちゃんが亡くなってしまい、
 そのままお腹の中に停滞したことでした。
 


という悲しい結末で終わります。

これはまったくの作り話ではありません。
今もラオスでは毎日2~3人の妊婦さんが亡くなっています。

ここでもう一度考えてみよう。
そもそもチャンパーのお腹が痛くなる前に、ブンミーはどうすべきだったのか。
と生徒に問いかけます。
健康教育25

「病院に妊婦健診に連れて行く」、「重労働をさせない」、
「たくさん休ませる」、「体にいいものを食べさせる」
などいろいろ挙げられました。


ここで伝えたいことは、母子の命を守るのにお父さんが大切な役割を果たしていること。
そして思いやりある行動について一人ひとりに自分の考えを持ってほしいこと。


そのあと避妊方法についての話をして健康教育は終わりました。


…つづく
こちらアッタプーのティームガンスッカースクサー(健康教育チーム)

アッタプー健康教育チーム    

ちゃんと写せなかったけど、おそろいTシャツの裏はこんな感じ。
(協力隊員でビエンチャン市内清掃をやったときのTシャツ)
Tシャツ裏

先週木曜日、2回目の高校健康教育を実施

他地域の今後の健康教育の参考にしてもらおうと、
隣の県やアッタプー県内の他の郡からのお客さん(10数名)も招かれた

そんな中、今回は本当にラオ人だけで健康教育。

実は1回目の時は口は出さなかったものの、
教材を持ったり黒板に貼ったり、という作業は手伝った私たち協力隊員。

でも今回は本当に見てるだけ。

正直ラオ人だけでできると思ってなかった。
話の先を見越して必要な教材を用意したり、
自分が担当のところじゃなくてもちゃんと手伝ったり、
そういうことはムズカシイんじゃないか~!?と思ってました。

でもフタを開けてみたら…
私たち協力隊員が手出しするまでもなく、
ぜ~んぶ自分たちでやりきってくれました
しかも前回より良くなっていて

とてもうれしかったです

…つづく
ロン=下りる、ホンヒアン=学校

県教育局の職員が学校へ行く時にこう言います。なんとなく学校より県教育局が上、という上から目線な感じで(もしかしたらラオ人は全くそんな感覚じゃないのかもしれませんが)、自分ではなんとなく言いにくい。

とはいうものの、今日ついにその言葉を使いました。「学校に行ってくる」、そう、ついに学校に行くことができたのです!!

まだ行ってなかったのかよ、というつっこみを入れられそうですが、まだ行ってなかったんです…。

当初はアッタプー赴任後1ヶ月は県教育局に通ってラオス語を勉強する、という予定でした。が、3月に入り私もビエンチャンでのバイク教習が入り、カウンターパート(協力隊活動を一緒に進めていく現地側スタッフ)も研修などで長く不在だったので顔を合わす機会がなく、今週に入ってやっと早く学校へ行きたいということを伝えられたのでした。

その間にも私が所属する課の他の職員には早く学校に行きたいことを伝えていましたが、カウンターパートが課長なので勝手に学校に行ってしまうわけにも行かず…。

ラオスの学校の年度は欧米と同じく、9月に始まります。5月下旬にはテストがあり、6月からは学校が休みになります。だから休み前に学校に行けるのは4月、5月だけ。カウンターパートからは学校での私の本格的な活動が始められるのは9月から、と言われています。でもその前に学校に行って実際の様子を見なければ9月からどんな活動をするか、計画さえも立てられなーい!!と毎日悶々と過ごしていました。

そして今日、やっと学校へ。県教育局から一番近い学校です。今日は初めてなのでカウンターパートが連れて行ってくれて、郡教育局(ラオスは県→郡→村という順で行政区が分かれていきます)と小学校に挨拶に行っただけでしたが、明日からは自分の足で学校に行けることになりました。

ということで明日からは

月 県教育局
火 学校
水 学校
木 学校
金 県教育局

という感じで学校に通おうかと考えています。

また学校での様子を伝えたいと思います!
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